広島・平和記念公園
住所
- 広島県広島市中区中島町1 / 大手町1-10(原爆ドーム)
開園時間/閉園時間
- 24時間開放
入園料
- 無料
面積
- 122,100㎡
完成時期
- 1955年(昭和30年)8月頃
設計者
- 丹下健三 / イサム・ノグチ(公園南側の平和大橋・西平和大橋)
丹下健三氏は、平和記念公園に加え、平和記念資料館と、資料館に隣接する国際会議場の設計も担当しています。
広島・平和記念公園 開園の経緯
広島の平和記念公園がある場所は、江戸時代から昭和初期にかけて、広島市の中心的な街があった場所でしたが、1945年(昭和20年)8月6日に世界で初めて投下された原子爆弾により、一瞬にして壊滅してしまいました。
戦後、1949年(昭和24年)に「広島平和記念都市建設法」が公布され、爆心地の周辺を、恒久平和を祈念し、原爆による犠牲者を追悼する象徴的な地として整備するため、1950年(昭和25年)から公園の整備や各施設・モニュメントの設置が進められ、およそ5年で、現在見られるような平和記念公園が完成しました。
公園内には、原爆ドームを始めとする、被爆した建造物や樹木、平和を祈願するモニュメント、資料館などがあります。
2007年には公園の中央部分が、戦後に整備された公園としては初めて国の名勝に指定され、翌年には名勝の指定が公園全体に拡大されています。
その他の見どころ(慰霊碑・像など)
以下では、平和記念公園に約50もある慰霊碑や像などの中から、特に注目すべきものをご紹介します。
(1)「原爆の子の像」
平和記念公園内の慰霊碑や記念碑の中で最も有名なのが、原爆ドーム側から元安橋を渡ってすぐの場所にある「原爆の子の像」です。
これは、2歳で被爆し、被爆の影響による白血病で12歳の時に亡くなった、佐々木禎子(さだこ)さんをモデルにしたブロンズ像です。
佐々木さんの死後に、同級生が被爆して亡くなったすべての子どもたちを慰霊するための石碑を造る活動を始め、その活動が地域の子どもたちから全国3000校以上の学校や海外にも広がって寄付金が集められ、1958年の5月5日に像が設置されました。
像の少女が掲げているのは折り鶴で、これは、入院中に佐々木さんが快復を祈って千羽鶴を折ったというエピソードにちなんでいます。
実際に折った鶴は1300とも、1500とも言われ、これらの折り鶴は棺桶に入れられたり、葬儀の参列者に遺品として配られたりしたそうです。
像の周囲には千羽鶴を掛ける場所が設けられており、今でも全国から平和を願う折り鶴が届けられています。
(2)「平和の鐘」
建設者
- 原爆被災者広島悲願結晶の会
鐘の大きさ・重さ
- 口径約1m、高さ1.7m、重さ約1,200kg
「原爆の子の像」の後ろ側にある平和の鐘は、1964年、核兵器と戦争のない世界を目指す「原爆被災者広島悲願結晶の会」によって設置されました。
国境のない世界地図が浮き彫りにされ、「世界は一つ」という概念を象徴しています。
また、鐘をつくための棒(撞木(しゅもく))が当たる部分(撞座(つきざ))は、原水爆禁止への願いを込めて「原子力マーク」にし、その反対側には、鐘をつく人の心を写しだす「鏡」が入れられています。
鐘は誰でもつくことができるので、核廃絶や世界平和、原爆死没者のご冥福を祈って、音を響かせてみてはいかがでしょうか。
鐘が置かれた幅約2mの池には、やけどの痛みを癒すために蓮の葉で皮膚を覆ったという被爆者を慰霊するため、蓮が植えられています。
現在は他の蓮が多くなっているものの、池の造営当初は千葉市の遺跡から掘り出した2000年前の種を発芽させた蓮が植えられました。
この蓮は、発掘した大賀一郎教授の名前から「大賀ハス」と呼ばれています。
平和記念資料館の「平和の鐘」
毎年8月6日の平和記念式典内で鳴らされるのは、平和記念資料館の東館に展示されている「平和の鐘」です。
1947年の第1回「広島平和祭」の時から鐘を鳴らすセレモニーが始まり、現在の鐘は1967年に寄贈された5代目の「平和の鐘」となっています。
作者は人間国宝の故・香取正彦氏で、一番上の竜頭(りゅうず)部分には平和の象徴であるハトがあしらわれ、中央には吉田茂元首相の筆による「平和」の文字が浮き彫りにされています。
なお、上記の公園内に常設されている鐘と、こちらの平和記念資料館に展示されている鐘、更に、公園の北端にある平和の時計塔のチャイム音は、環境庁(現環境省)の「日本の音風景100選」に選出されています。
(3)原爆死没者慰霊碑(広島平和都市記念碑)
毎年8月6日の平和記念式典は、この原爆死没者慰霊碑の前を中心に行われるので、テレビなどで見たことがある方も多いことでしょう。
平和記念公園や平和記念資料館を設計した丹下健三氏によって設計された慰霊碑で、原爆死没者の霊が雨に濡れないよう、屋根を被ったような形になっています。
広島大学の雑賀忠義教授によって作成された、「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」という碑文も有名です。
慰霊碑中央の石室には、国内・国外を問わず、被爆して亡くなった方の名前が記された名簿が納められています。
この名簿は関係者の申し出により毎年書き加えられており、2017年8月6日時点では30万8725名の名前が記帳されたものと「氏名不詳者多数」と記されたものが、合わせて113冊納められています。
平和記念公園は、平和記念資料館の本館や、この原爆死没者慰霊碑から、平和記念公園の北側にある原爆ドームが一直線になるように設計されています。
(4)「被爆樹木」
公園内には、被爆しながらも生き延びたいわゆる「被爆樹木」が残っています。
現在、平和記念資料館の東館前にあるアオギリは、爆心地から約1.3km離れた中区東白島町の広島逓信局(現在の中国郵政局)の庭で被爆し、後に移植されたものです。
被爆後は葉がすべて落ち、幹も爆心地側の半分がえぐられ、枯れ木のような状態でしたが、たくましく復活し、現在も毎年実をつけています。
この実は国内外に贈られ、被爆アオギリの2世が、各地で育っているということです。
アオギリの近くには、同じく被爆したハマユウも植えられています。
広島・平和記念公園の見学所要時間
平和記念公園の敷地は、約12万㎡あります。
これはプロ野球の試合が行われるグラウンドの約10個分という広さです!
慰霊碑や記念碑も点在しており、どこを見て回るかによって所要時間は異なってきます。
被爆して亡くなった多くの方の霊前で手を合わせ、当時の資料にゆっくりと目を通し、過去や未来のさまざまなことに静かに思いをはせるため、できるだけ駆け足にならないようにスケジュールを組むことをおすすめします。
平和記念資料館を含めて公園内を散策する場合は、少なくとも3時間程度は、ぜひ確保してください。
- 平和記念資料館:1~2時間
- 入館できる施設を除く、原爆ドーム、原爆の子の像などの慰霊碑の見学:約1時間
広島・平和記念公園の主な施設「営業時間・入館料など」
広島・平和記念公園には、訪れるべき施設がいくつかありますので、以下では簡単にご紹介します。
広い敷地内で迷子にならないよう、地図もご確認ください!
平和記念公園・周辺ガイドマップはコチラからご覧ください。
なお、以下にご紹介する原爆ドーム以外の各施設では、公園内散策用の車椅子の貸出が行われています。
(1)原爆ドーム
国の史跡・世界遺産にも登録されている原爆ドームは、元安橋の近くの川のほとりにあります。
入場できる施設ではなく、外から見学するのみなので、24時間見られますし、入館料などもかかりません。
原爆ドームの歴史や世界遺産登録についてなど詳しくは、当サイトの以下のページ↓でご紹介しています。
(2)国立広島原爆死没者追悼平和祈念館
国立広島原爆死没者追悼平和祈念館は、主に被爆者の追悼を目的とし、2002年に開館した施設です。
記念館では10万編以上の被爆体験記を所蔵しており、一部が展示されている他、閲覧室で検索して読むこともできます。
他にも、遺品などが展示されている情報展示コーナーや、原爆死没者を追討するスペースが設けられています。
祈念館では原爆死没者の名前や遺影を募集しており、登録されたものは永久に保存され、館内で検索して見ることができます。
営業時間
- 3月~7月:8時30分~18時
- 8月:8時30分~19時 ※8月5日・6日は20時まで
- 9月~11月:8時30分~18時
- 12月~2月:8時30分~17時
休館日
- 12月30日、31日
入館料
- 無料
住所
- 広島県広島市中区中島町1-6
電話番号
- 082-543-6271
(3)広島平和記念資料館
平和記念資料館は、平和記念公園が整備された1955年に開館しました。
平和記念公園の中心的な施設とも言えます。
修学旅行で広島を訪れる場合の定番の見学スポットであり、また、各国の著名人も多く訪れています。
例えば2016年には、アメリカのオバマ大統領(当時)が、安部総理大臣と共に資料館を訪問したことが大きなニュースとなりました。
資料館の建物は、2006年に重要文化財に登録された「本館」と、「東館」に分かれています。
本館では、実物の資料の展示に力を入れる方針の下、原爆投下による被害が残る建物の壁などの大型の展示物や、亡くなった人がその日に着用していた服や持ち物、遺体の写真なども展示され、原爆投下の実情や被害の大きさ、恐ろしさを、今の時代に伝えています。
2017年にリニューアルオープンした東館では、「核兵器の危険性」、「広島の歩み」などテーマ別の展示の他、企画展も催されています。
資料館の収蔵品は2万点以上に及び、1つ1つしっかり見て回ろうとすると2~3時間は必要ですが、ゆっくり歩きながら、所々で足を止めて見学する程度であれば、1時間前後を見込めば良いでしょう。
なお、本館は2019年春、改修工事を終えリニューアルオープンしています。
営業時間
- 3月~7月:8時30分~18時
- 8月:8時30分~19時 ※8月5日・6日は20時まで
- 9月~11月:8時30分~18時
- 12月~2月:8時30分~17時
※最終入館は閉館時間の30分前
休館日
- 12月30日、31日
入館料
- 大人200円、高校生100円、中学生以下無料
※65歳以上100円(年齢が確認できるものを提示)
入館料の割引・免除
団体割引
- 大人30名以上の団体の場合は1人160円
入館料免除
- 原爆障害者章、身体障害者手帳、療育手帳などを所持する本人と介助者は無料
- 高校生が土曜日(祝日、春・夏・冬休み期間以外)に来館する場合は無料
- 高校生20名以上の団体の場合は無料
- 小学校、中学校、高校、地方公共団体の平和学習で来館する参加者は無料(学校の場合は引率者も無料)
※事前申請が必要
見学所要時間
- 平均1時間前後
住所
- 広島県広島市中区中島町1-2
電話番号
- 082-241-4004
(4)広島市観光案内所・レストハウス
平和記念公園の東側の入口付近には観光案内所があり、各種地図やパンフレットが手に入ります。
1929年、大阪の大正屋呉服店が建設した、鉄筋コンクリート・地上3階・地下1階の、当時としてはモダンな建物で、呉服屋が閉鎖してからは広島県燃料配給統制組合が取得し、原爆投下当時は燃料会館として使われていましたが、爆心地から170mの距離で被爆し、地下室以外は全焼しました。
被爆当時出勤していた37人中、たまたま地下に下りていた1名を除く全員が亡くなったそうで、その地下室は今でも見学することができます。
戦後は補修され、1982年からは、「平和記念公園レストハウス」として営業しながら、被爆建造物として、原爆投下による被害の大きさを今の世代に伝えています。
2016年公開のアニメ映画「この世界の片隅に」では、呉服店当時の姿の建物が登場し、話題になりました。
※改修工事のため、観光案内所は2018年4月からは原爆の子の像の脇に設置された仮設の建物で営業しています。レストハウスの再オープンは、2019年12月の予定です。 →2020年7月オープン予定となっています!
営業時間(再オープン後)
- 3月~11月(8月を除く):8時30分~18時
- 12月~2月:8時30分~17時
- 8月(5日・6日を除く):8時30分~19時
- 8月5日:8時30分~20時
- 8月6日:7時30分~20時
休館日
- なし(無休)
電話番号
-
- 082-247-6738
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