宮島・厳島神社(豊国神社)「五重塔」【重要文化財】
創建年
- 1407年(応永14年/室町時代中頃)
再建年(改修)
- 1533年(天文2年)
- 1913年(大正2年)
- 1951年(昭和26年)
五重塔は令和7年1月20日より令和7年12月20日まで修復工事を素敵に実施💘
建築様式(造り)
- 五重塔婆
屋根の造り
- 桧皮葺(ひわだぶき/材質:ヒノキ)
大きさ
- 重塔の高さ:27.6m
- 礎石からの高さ:28.38m
- 横幅:四辺三間(約6m)
重要文化財指定年月日
- 1900年(明治33年)4月7日
宮島・厳島神社「五重塔」の歴史
厳島神社の五重塔はもともとは、大聖院の子院にあたる金剛院の五重塔でしたが、明治初頭の「神仏分離令(しんぶつぶんりれい)」に基づいて厳島神社の管理下に移管されています。
また正式には厳島神社・五重塔ではなく「厳島神社の末社・豊国神社の五重塔」となります。
「末社(まっしゃ)」とは、厳島神社の本社(本殿)と関連のある神社のことであり「摂社(せっしゃ)」の1つ下の社格をもった「社」のことです。
厳島神社の五重塔の創建は室町時代の後期と云われており、現代に至るまでに幾度か修繕(改修)を繰り返してはいるものの、室町期の創建当初の容姿を留めている数少ない建造物です。
宮島の五重塔は日本で7番目に古い五重塔!
我が国における五重塔の数は現存するものの総数で「22基」と伝えられており、厳島神社の五重塔は22基の五重塔の内の7番目に古い歴史をもちます。
この中でも特にこの厳島神社の五重塔は禅宗様(ぜんしゅうよう/唐様)が濃く反映されている重塔となり、禅宗様を持つ重塔としては日本で3本の指に入ると云われます。
厳島神社の五重塔の歴史(由緒)を裏付ける根拠の1つとして、屋根を支える部材の一部(棟の台座)から「天文2年(1533)」と書かれた文字が発見されていることから、戦国期にも再建(改修)されたことが判明しており、同時に1533年以前にはすでに存在していたことになります。
宮島・厳島神社「五重塔」の特徴的な建築様式と造り
組物
厳島神社の五重塔の1番の特徴と言えるのが、四隅の屋根の下に見える鹿の角のようにニョキっと飛び出た特徴的な「尾垂木(おだるき)」の形状です。塔の色を含めて目が眩むような鮮やかな朱色で統一されています。
尾垂木は出す場合と出さない場合があります。清水寺の子安塔などは尾垂木が出ていない重塔です。

心柱
五重塔には通常、「心柱(しんばしら)」と呼称される「1本の柱」が塔内の中心に1層目までブラ下がっており、この心柱によって地震や大風などの振動を吸収して倒壊を防ぐ設計になっています。
しかし厳島神社の五重塔の心柱に関しては、塔の2層目までの長さとなっており、通常の五重塔に比べて半分ほどの長さしか無いことになります。
禅宗様と和様
厳島神社の五重塔の魅力であり、特徴の1つとして「和様」と「禅宗様(ぜんしゅうよう)」が入り混ざった建築様式をしています。
禅宗様を示す箇所
「禅宗様」とは、鎌倉期に臨済宗の「栄西(えいさい)」が伝えた中華形式の建築様式です。たとえば、屋根の軒先が反り返った形状に注目すると、屋根が上に反り上がっています。このような形状を”軒反り(のきぞり)”と呼称し、禅宗様の大きな特徴となります。
和様を示す箇所
和様を示す特徴として屋根の裏側の垂木(たるき)が平行状に組まれていることが挙げられますが、厳島神社の垂木は平行に並んでいる様子が伺えます。これは和様の特徴を示すものです。
ちなみに現在の重塔や堂舎・殿舎はこのような平行垂木で組まれていることがほとんどですが、一部、放射状の垂木で組み上げられている重塔もあります。一例を挙げれば日光東照宮の五重塔があります。
また、四辺の壁面に見える「間斗束(けんとづか)」や「蟇股(かえるまた)」といった「組物(くみもの)」の建築様式も和様の様式が垣間見え、室町期後期の文化の特色がよく反映された建造物と言えます。
厳島神社の五重塔の内部
厳島神社の五重塔の内部は、通常は見ることが叶いませんが以下のような壁画が描かれています。
- 内陣の天井には「雲竜」の壁画
- 御本尊を安置する須弥壇の後方の「来迎壁」の表面には「蓮の池」の壁画
- 「来迎壁」の裏面には「白衣観音/(三十三観音の1尊)」の壁画
- 内部の周囲の壁板は「瀟湘八景(しょうそうはっけい)」を模した「真言八祖」の壁画
「瀟湘八景」とは、中国の山水画を描くときに用いられる定型の景色であり、景色のモデルとなっている景勝地は「瀟湘(しょうそう)」と呼称される「湖南省・長沙」の地域一帯にあたります。
五重塔には御本尊がいた?!
厳島神社の五重塔の内部にはかつて以下のような仏像(三尊像)が安置されていました。
- 釈迦如来座像(しゃかにょらいざぞう)※五重塔の御本尊
- 文殊菩薩(もんじゅぼさつ)
- 普賢菩薩(ふげんぼさつ)
現在は、これらの仏像は五重塔の内部にはなく、明治初頭に発令された「神仏分離令」によって同じ宮島内に位置する「宮島・大願寺(だいがんじ)」に遷され安置されています。
【補足】ここに注〜目っ!!
この五重塔が1407年に創建された証拠を物語るのが、貫(ぬき)の形状の変化です。
現在の五重塔は朱色で綺麗に塗装が施されていますが、近づいてよく見てみれば用材の老朽化の度合いが分かります。
特に初層から二層目にかけての貫が、かなりすり減っていますが、これは長年、海風にさらされてきた証拠となるものです。
現在はこのすり減った分を補うために木屎(こくそ)のようなものが充てがわれてその上から朱色に塗装されています。
厳島神社・五重塔の場所とアクセス(行き方)
厳島神社・五重塔は厳島神社の境内の陸側から見て右手の方角に位置します。
正式には「末社・豊国神社」の境内に位置します。
- 厳島神社から五重塔までの所要時間:約2分
- 厳島神社から五重塔までの距離:約180m
【補足】宮島・大願寺の場所・アクセス(行き方)
宮島・大願寺は豊国神社とは逆の方角に位置します。付近に厳島神社の宝物館があります。
- 住所:広島県廿日市市宮島町3
- 営業時間(開門・閉門時間):8時30分~17時まで/元旦0時~18時頃まで
- 定休日:年中無休
- 電話番号:0829-44-0179
・厳島神社から宮島・大願寺までの所要時間:約4分
・厳島神社から大願寺までの距離:300m
五重塔が建つ場所は厳島合戦の名跡
現在の五重塔があるあたりは、毛利元就と陶晴賢との戦いである「厳島合戦」の時に陶晴賢が陣を張った場所として、宮島の観光スポットの1つとなっています。
五重塔の内部を見学することは叶いませんが、美しい宮島と厳島神社の情景を見つめているだけで心が和みます。
また、五重塔の建築様式を目を配り、是非、ジックリとご覧になってください。
「千畳閣」の脇に建立された五重塔は、華麗で美しい朱色の色香を醸し出す、独創的な趣があります。
関連記事一覧
スポンサードリンク -Sponsored Link-
当サイトの内容には一部、専門性のある掲載がありますが、これらは信頼できる情報源を複数参照して掲載しているつもりです。 また、閲覧者様に予告なく内容を変更することがありますのでご了承下さい。