【実は宮島のパワースポットだった!】大聖院の境内見どころ・歴史・仏像一覧をご紹介!

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【実は宮島のパワースポットだった!】大聖院の境内見どころ・歴史・仏像一覧をご紹介!

宮島・大本山「大聖院」

創建年

  • 不明
  • 推定:806年(大同元年)※平安時代
再建年

  • 2006年/平成18年(霊火堂のみ)
建築様式(造り)

  • 入母屋造り(観音堂)
屋根造り

  • 本瓦葺
御本尊

  • 波切不動明王
  • 十一面観世音菩薩
宗派

  • 真言宗・御室派
正式名

  • 多喜山 大聖院・水精寺
発願者・開創者

  • 弘法大師・空海

宮島・大聖院の読み方

仏教には、難しい漢字の横並びが多いですが、大聖院は「だいしょういん」と読みます。

正式名を「多喜山 大聖院・水精寺(たきやま だいしょういん すいしょうじ)」と読みます。

ちなみに御室派とは、アムロはと読み・・あぉぅ、「おむろは」!!と読み、これは京都の世界遺産「仁和寺(にんなじ)」と同じ宗派になります。

宮島 大聖院の御朱印・御朱印帳の種類・授与時間・お布施(値段)

宮島 大聖院の御朱印・御朱印帳の種類・授与時間・お布施(値段)については下記ページをご参照ください。

宮島・大聖院の境内案内図

宮島・大聖院の境内は勅願堂・観音堂エリアと大師堂(一願大師)・遍照窟のあるエリアとで一応の区切りのようなものがあります。

大師堂(一願大師)・遍照窟エリア

大師堂(一願大師)・遍照窟エリアは大聖院の境内の中ではもっとも最上段のエリアになります。

石階段を昇った先に広がる境内地になります。

  • 大師堂(一願大師)
  • 遍照窟(洞窟)
  • 阿弥陀堂
  • 水掛地蔵
  • 読み書き・そろばん地蔵
  • 十二干支地蔵
  • 六波羅蜜地蔵
  • 八角万福堂
  • 愛染堂
  • 薬師堂

勅願堂・観音堂エリア

勅願堂・観音堂エリアは大聖院の本堂があるエリアになります。小さいながら庭園があったり小休憩できるバス停ベンチが設置されています。

  • 観音堂 ※戒壇めぐり(胎内めぐり)ができる
  • 摩尼殿(包丁塚/摩尼車)
  • 極楽観音堂
  • 百観音
  • 三十三変化観音
  • 釈迦涅槃堂
  • 十六善神
  • うすさま明王
  • おみくじ堂
  • 信徒会館
  • 受付
  • 納経所
  • 御成門
  • 楼門(仁王門)
  • 鐘楼堂(梵鐘と願い玉)
  • 霊宝館
  • 五百羅漢庭園
  • 下大師堂
  • 水掛不動
  • ざんげ地蔵
  • 六角茶房
  • 祥聖庵
【補足】弥山山頂の大聖院伽藍

宮島・大聖院は弥山の山頂にまで境内地が広がっています。ある意味、飛び地という見方もできます。

弥山には、弥山本堂ほか、弥山まで登山道にいくつかお堂が建っていますが、そのすべてが大聖院の子院となるお堂になります。

かつては、麓の大聖院本堂と弥山の本堂までの道のりを途中のお堂を介して登山したものです。ウフ


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宮島・大聖院の境内見どころ

仁王門

仁王門は麓の大聖院境内への入口となる山門です。現在の仁王門は1939年(昭和14年)に再建された門であり、ケヤキ材を使用して総欅造り(そうけやきづくり)で造営されています。

素木造りの質素な門ですが、細部に見られる彫刻は繊細に彫られています。飾り立てられている彫刻は、獏(ばく)や龍、鳳凰、雲、如意宝珠になります。

特に目を引くのが2層目正面に見える「明るい社会は合掌から」という文字の幟(のぼり)と、その幟の上部に描かれた密教の法具である三鈷杵(さんこしょ)が目を引きます。

その幟の両はしには、巨大な草鞋が1つずつ見えます。さらにその下には神社でよく見られる鈴付きの鈴の緒(綱)が垂れ下がり、左右に立つそれぞれの仁王さんにお祈りできるようになっています。

豪壮感をただよわせながら、どこか人情味が感じられるこのような寺院は、この宮島の心温かい風土を示すものであり、他の寺院ではなかなか見られない、かなり特徴的な仁王門であると言えます。

仁王像

大聖院の楼門にも仁王像が祀られています。よく寺院で見かける阿形と吽形の仁王像になります。

⬆️吽形の仁王像

⬆️阿形の仁王像

水掛地蔵

水掛地蔵です。名前の通り、水を掛けて祈念します。

六角茶房・祥聖庵

「祥聖庵」と「六角茶房」はともに同じ敷地内にある建物です。建物はつながっておらず、それぞれ独立した別個の建物になります。

「祥聖庵」

利休居士第16代「裏千家今日庵鵬雲斎大宗匠」が好んだ数寄の意匠が見られる茶室です。

六角茶房

大聖院の境内入口にある茶房(カフェ)になります。一般の方でも自由に出入りできます。

仁王門前の石階段

大聖院は、仁王門をくぐってから100段近い石段の上に境内地が広がっています。

大般若経筒

⬆️筒の中に縦の棒が連続して仕込まれているが、この縦の棒は手で触ると回転する。 ⬆️写真を見れば分かるがほとんどの人はこの筒の事を知らないので通り過ぎていく。

仁王門をくぐり抜けると石段が出てきますが、石段の始まり部分から中央に設置された手すりが「大般若経筒(だいはんにゃきょうづつ)」と言う経典が刻み込まれた物体があります。

この物体は階段を昇りながら触ると回転し、階段の始まりから終わりまで、手で回転させながら昇ることで多大な幸福が得られるとのことです。ウフ

宮島・大聖院「五百羅漢庭園と五百羅漢の群像」

宮島 大聖院・五百羅漢

大聖院の境内には、たくさんの「小さいお地蔵さん」や「仏像」があります。

その仏像の中には「五百羅漢(ごひゃくらかん)」と称される崇高な精神を持つとされる高僧たちの石像があります。

場所は仁王門から入って石階段の脇に見えます。

この高僧たちは、崇敬を集めて羅漢(らかん)と呼ばれる高僧になった者たちで、身分(位)に固執する事なく、休まることなく修行を続けている僧侶たちです。釈迦の弟子でもあります。

羅漢の石像が正式に五百あるかは定かではありませんが、それぞれ顔の造りが異なるそうで、そのうちの1体は自分と似た顔があるとも云われます。

ちなみに、これらの五百羅漢の像、なんと!崇敬者から寄進されたものだそうです。

なお、五百羅漢像はこの大聖院だけにあるものではなく、それなりの敷地を持つ寺院であれば境内に置かれていることがあります。

霊宝館

霊宝館には、古くから大聖院に伝来する寺宝などが収蔵されています。

鐘楼堂

  • 創建年:不明
  • 再建年:1934年(昭和9年)

下記、御成門の手前には鐘楼堂があります。鐘楼堂は名前の通り鐘楼(梵鐘)があります。

梵鐘

  • 鋳造年(推定):平安時代

この鐘楼堂に吊り下げられている梵鐘は、この鐘楼堂の大きな見どころになります。なんと!学術的分析結果から平安時代に鋳造された梵鐘(鐘)になるようです。

梵鐘の特徴
  • 撞座(つきざ)の位置が高い点
  • 最上部の竜頭が撞座と撞座を結んだ線とが直角に交わる

なお、この梵鐘には、1177年(治承元年)に平宗盛が奉納した刻銘が残されているようですが、これは後世において何者かが彫り込んだものと推察されています。

このほか、基壇上の柱の下には、下記の「ねがい玉」が置かれています。

ねがい玉

鐘楼の基壇の上には、「ねがい玉」と言う願い事を占う玉が置かれています。

占いの料金は1回300円。1回で3個願い玉が受け取れます。

願い玉のやり方(手順)

1.300円を願い玉が入っている箱に入れる

2.箱の中の玉が3つ封入された袋を1つ取る。

再び後方の石階段へ移動する。

石階段の途中に、願い玉を投げる場所を示したプレートがあるので、その前に立つ。

前を見るとツボ(壺)のようなものが置かれているので、壺の中を狙って3つ投げる。

1つでも入れば願い事が近いうちに叶うとも言われているようです。

もしくは、3つすべて入れば願いが叶うのがもっとも近いとも言われているようです。

じゃぁ‥1つも入らなかった場合は? フぅはぅんっ

御成門

仁王門の奥に第2の門となる「御成門(おなりもん)」が建っています。

割と規模が大きな寺院であれば境内入口にまず、南大門が建っており、その奥に中門が建っています。その中門の奥に本堂となる金堂があります。

例を挙げれば東大寺(奈良)、法隆寺(奈良)、仁和寺(京都)があります。

門の柱には「真言宗御室派・厳島御室」「弥山本坊・大聖院」と大きく墨書きされた聯(れん)が飾られています。

⬆️横から見た御成門

御成門から見た眺望

御成門までに来るためには仁王門から100段ちかい石段を昇ってくる必要があることから、それなりの高低差があります。

ここからは少しだけ宮島の眺望が楽しめます。

御成門まで来たら、ぜひ、振り返ってみてください。あっ、望遠鏡をお忘れなく!

観音堂

  • 創建年:1932年(昭和7年)
  • ご本尊:十一面観音菩薩立像
  • 造営指揮(棟梁):西谷庄一

観音堂は大聖院のメインの見どころになります。なんと!広島県内で最大の大きさの仏堂になります。

観音堂は境内入口に付近にあり、大きさもさながら境内の中でもっとも威容感を誇ることから、大聖院の本堂かと思っちまぃますが、大聖院の本堂はこの観音堂ではなく、御成門をくぐって正面に見える「勅願堂」です。

観音堂の出入口となる向拝部分に「明治天皇行在遺跡」と書かれた看板が取り付けられていますが、これは明治18年に実際に明治天皇がこの観音堂・御所の間にてご宿泊されたことを記念した表札になります。御朱印の右上のゴム印も「明治天皇行在遺跡」が押印されています。

観音堂の建築様式と特徴

この大聖院・観音堂の大工は県内一の名工と言われた宮大工・西谷庄一が手がけており、同氏の堂舎を建造するときに用いる建築様式の特徴が余すことなく発揮されています。

たとえば堂内広間奥の内陣手前には透かし彫りが据えられた欄間や組物が見えますが、これらも同氏が手がけた堂舎に見ることのできる大きな特徴です。最大の特徴は欄間を支える柱上部に、この観音堂でしか見ることがまずないような、尾垂木が飛び出しているのが視認できます。尾垂木は通例であれば建物の外側に出すのが主流です。

観音堂の内部の様子(天井画)

観音堂内部の格子天井の格子内1枚々々には極彩色で絵画が描かれています。どの絵柄も構図が若干、異なるので是非!ご覧になってみてください。

観音堂のご本尊「十一面観音菩薩立像」

  • 発願者・造立者:行基菩薩

この観音堂の大きな見どころとなるのが、ご本尊「十一面観音菩薩立像」になります。なんと言っても、かつて神仏習合だった時代、厳島神社の本地仏として厳島神社本殿後方に存在した本地堂でお祀りされていた仏像だからです。

本地堂は明治時代の廃仏毀釈により解体されてしまい現在はすでにありませんが、かつては現在の「不明門(あかずのもん)」を出たあたり建てられていたそうです。

本地堂は解体されたのですが、ご本尊だけは大聖院へ遷されて、以来、大聖院境内にて安置されることになり、現在に至ります。

なお、本像は行基菩薩(僧侶の行基)が発願して、自身で手彫りした立像だと伝えられています。

たぬき僧

観音堂の入口付近縁側には「タヌキ僧」と呼ばれる置物があります。タヌキ僧とは、タヌキの置物には違いありませんが、以下のようなありがたい智慧や利益を授けてくださるために、あえて僧侶の衣を身にまとい、説法する姿で造立されています。

説明文

通常、タヌキの置物は大きな腹と金袋、頭に笠をかぶり、通帳や徳利を持っている姿が多く散見されます。実は、その身体の各部位には人生を成功に導くための教えがたくさん刻まれています。

たとえば‥、次のようなものが挙げれられます。

タヌキの置物の秘密
  • 腹は、物事に対して寛大で、太っ腹、
  • 通帳は、この世は信用第一
  • 徳利には飲食に困らない生き方をせよ
  • 金袋は、金運を呼ぶ
  • 笠は災難から身を守る

どデカイ水晶

宮島観光協会との交流を記念して、2012年(平成24年)10月吉日に、柳井市観光協会から贈られたどデカイ水晶です。

  • 高さ:54㎝
  • 横幅:36㎝
  • 奥行き:23㎝
  • 重さ:53Kg

大師が中国唐までの渡海で利用した「遣唐使船」の模型

大師を乗せた遣唐使船は、途中、嵐に見舞われ、中国には着いたものの、かなり流されてしまい、まったく見当違いの場所へ漂着したと云われています。

この船にはおよそ100人から500人もの人々が大師と他数名の使節団と共に乗船したと伝えられており、それだけの人数をまかなえる船となると、キャナリの大型船であったことになります。

この観音堂に置かれている遣唐使船の模型は、映画「空海」で使用された本物を忠実に再現することに成功した太平洋学会の学者一同の監修のもと、制作されたものであり、当時の姿をほぼ忠実に再現した模型になります。

胎内めぐり(戒壇めぐり/地下洞窟)

観音堂の地下には、胎内めぐりができるもう1つの言わば、地下洞窟があります。

本堂地下は真の空間であり、真っ暗闇の世界が広がっています。視界が奪われ不安になりますが、その不安と向き合いながら、この暗黒世界を静かに歩みながら、これまでの自分自身を省みて、積み重なった罪障を消除する精神修行の場でもあります。

胎内めぐりのやり方
  1. 階段を降りる
  2. 左手をのばす
  3. 左側の壁を伝う
  4. 壁に触れながら進む
  5. 進む際、「南無大慈大悲観世音菩薩」と心で唱えながら、ゆっくりと進む。
  6. 2分くらい歩くと正面に、宮島大聖院のご本尊である「十一面観世音菩薩」のご尊容を拝することができます。

胎内めぐり(戒壇めぐり)の所要時間:約3分

目だしダルマ像

宮島・大聖院には、まるでテーマパークのように滑稽で風変わりな石像や置物が置かれています。その中に1つに「目だしダルマ像」があります。

まるでゲゲゲの鬼太郎に登場するダルマのお化けのようにも見えます。

目だしダルマとは?

目出しダルマとは、「目が出る」ということを題材として、開運招福、心願成就に通じたご利益をもつと解釈されます。

目出しダルマの祈願方法

目出しダルマをさする(触る)ことで、たくさんの福をいただくことがでけるようです。うきゃ

説明文

ダルマの由来

ダルマの置物はインドの高僧「達磨大師(だるまだいし)」に由来したものです。達磨大師はかつてインドの王族(西域南天竺国の第三王子)でしたが、ある青年となった日、城外へ初めて出て、人々の貧しい生活ぶりに驚嘆します。

その時、自らの贅沢な暮らしは、このような人々の犠牲の上に成り立っていることを知り、やがて今度はこの人々を救いたいと願うようになり、なんと!王族という身分を捨てて出家することになります。

こうして527年に中国南部へ渡り、洛陽郊外の嵩山少林寺にて面壁修行(壁に向かって無言で座禅を行う)を9年間も行い、後に「禅」を広めることになります。

聖ミカエル像

なぜか、キリスト教で崇拝される神までが観音堂縁側の高欄付近に置かれています。本当に風変わりな寺院です。しかもこのミカエル像、かなり出来栄えが良く、リアルです。

庭園

観音堂の前には庭園あります。この庭園には小休憩ができるバス停ベンチのほか、下記のようなお堂や樹木が植栽されています。

太閤秀吉が存命中だった頃は、秀吉自身が大変、気に入ったと伝わるほどの歴史ある庭園でもあります。ウフ

弥山七不思議「時雨桜」

この弥山には古来、七不思議というものが伝えられています。

その弥山七不思議の1つに「時雨桜」というものがあり、なんと!この大聖院の庭園の一角に植わっている桜になります。

この桜が弥山七不思議と言われる理由とは、なんでもよく晴れた晴天の日でも、しぐれのように露が落ちていたことから、不思議しぎしぎ摩訶不思議な「時雨桜」と命名されたようです。

星供マンダラ堂

人がこの世に生を得た瞬間から始まる運命の星を供養するための堂舎です。

普段は閉堂されており、一般参拝はできませんが、年に1度の節分の折、当年1年間の除災厄除けと開運が祈念されます。

手前に銀メッキされた折り鶴の像が置かれています。

極楽観音堂

百八観音霊場・第18番札所の指定を受ける堂舎です。内部には可愛らしい「ご本尊の極楽観音」が祀られています。

摩尼殿

  • ご本尊:三鬼大権現

「摩尼(まに)」とは、摩尼宝珠とも如意宝珠とも言われます。意味合いは「意のままに宝物を出すと言われ不思議しぎしぎ摩訶不思議な珠(たま)のことです。

この珠は仏の徳や、経典の功徳に例えられたりするものです。

したがってこの珠には仏の魂が宿るとも解釈できることから、悪を祓い濁り水を清め、災難をしりぞける功徳があるとされています。

この摩尼殿は大聖院の本坊という位置付けながら、弥山三鬼堂で祀られている「三鬼大権現」をご本尊としてお祀りしています。毎日、摩尼殿内陣の本坊ご祈祷所にて祈祷が行われています。

摩尼車

上記の宝珠を長い筒形に改造して、筐体のオモテ面に般若心経を刻字して、回転するように加工したものです。

この摩尼車を1回まわせば、お経を1巻読経したことと同義とされ、同じだけの功徳を授かることができるとされています。ウフ

インド・ネパールでは、手持ち用の小さな摩尼車を回しながら寺院へ参拝する慣わしがあります。

⬆️画像引用先:https://ja.wikipedia.org

摩尼車の回し方

手で経筒に触れて次の般若心境の経文を唱えながら左へ回転させる感じで動かします。

羯諦羯諦 ( ギャーテーギャーテー ) 波羅羯諦 ( ハーラーギャーテー ) 波羅僧羯諦 ( ハラソウギャーテー ) 菩提娑婆訶 ( ボージーソワカー )

摩尼殿菩提所

摩尼殿の菩提所では、阿弥陀仏1000体が安置されています。内部では奉納施主の永代供養が執り行われています。

擬宝珠の形状をした香炉

摩尼殿の殿内への出入口前には、金色のどデカイ擬宝珠の香炉が置かれています。

勅願堂

  • 創建年:不明
  • 再建年:1910年(明治43年)
  • ご本尊:波切不動明王

この勅願堂は大聖院の本堂になります。「不動堂」とも呼ばれますが、内部には大聖院のご本尊「波切不動明王」が祀られています。

本像はなんと!太閤秀吉の御身仏とも云われており、軍船「宝丸」にて海上交通安全と戦勝祈願のために安置されていた仏像になります。

大聖院の境内は明治時代に火災で全焼しており、現在見ることのできる境内の寺容は明治時代に再建されたときの姿になります。ウフ

ご真言

『なうまくさんまんだ ばざらだん せんだんまかろしゃだ そわたやうんたらた かんまん』

スリランカの仏足跡

勅願堂には、上掲の写真のような仏足跡が飾られています。なんと!スリランカの仏足石になるようです。

説明書きの内容

お釈迦様の足の裏を見て、これを敬うことにより、生身の仏を拝むのと同様に身体・諸願の罪障を滅すると云われております

仏足跡の参拝方法

以下のご真言を7回唱えて仏足跡をさわりご利益をたまわります。

なうまく さまんだ ぼだなん ばく

宮島に伝わる伝説の「守り砂」

勅願堂の堂舎出入口付近には、今や宮島名物の「守り砂」を授与されています。

宮島の守り砂伝承

この宮島にはその昔、旅人の道中の安全を祈願して宮島島内のお砂を持ち帰ってもらう風習が踏襲されています。

その砂を持ち歩いて、無事、家にたどり着いた旅人は、お返しに自分の家の敷地の砂を採取し、再び宮島へ訪れてその砂を宮島へ撒いたそうです。

その伝承を現代風に蘇らせて少しアレンジを加えたものが「守り砂」です。

なお、守り砂は宮島の土産物屋の店頭でも見かけることがありますが、すべてこの大聖院で祈願された砂になります。

守り砂の使用方法
  1. 叶え紙に願い事を記入する
  2. 守り砂と一緒に保管する
  3. 無事に願いが叶えば、再度、宮島へ訪問する
  4. その際、所定の返納場所へ返納する

返納された砂は、願いが叶った砂として、再び、多くの方々へ幸せのおすそ分けとして、二次利用されます。

千体不動

勅願堂の内部では、七十七世座主普山記念で安置し、毎日10時に護摩祈祷が勤修されています。

大聖院境内トイレ前に設置されているレトロ電話

大聖院境内の売店横のトイレの前に設置されている電話です。見てお分かりのとおり、昭和初期に限られた家庭に設置されいたレトロな電話です。

大聖院内では、「浪漫電話」と呼んでいるようです。


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大聖院境内トイレ前に設置されている無料の給茶機

大聖院のトイレ前にある上記、レトロ電話機の隣には、参拝者の方へに対してお茶を無料提供するために給茶機が設置されています。

お茶の種類は「長寿羅漢茶」と呼ばれるお茶です。飲むことで長寿のご利益を授かれるのでしょうか。

おみくじ堂

内部には、大師の木造坐像が安置されています。他に、おみくじ堂とだけあって、おみくじの起源・考えた人や歴史などの解説が書かれた案内パネルが飾られています。

愚痴聞き地蔵

あなたの愚痴をお聞きしてくれるという、この宮島大聖院境内にしか存在しないようなお地蔵さんです。ホンマかぃ

石造・虚空蔵菩薩坐像

かつて大師がこの宮島弥山で修行した際、この虚空蔵菩薩の多いなる智慧を得るために、虚空蔵求聞持法を修法を用いて修行したと伝えられています。

なんでも、陀羅尼(だらに/密教のお経)を100万遍(回)唱えれば、虚空蔵菩薩の多いなる智慧が得られるそうです。

大師・空海は、この荒業を見事に成功させ、大いなる智慧を得たとされています。

釈迦涅槃堂

お釈迦様の涅槃像が中央に安置されていることから「釈迦涅槃堂」と付されています。手前には仏陀の足跡とされる仏足石(仏足跡)が置かれています。

その涅槃像の周りには、十六羅漢像が安置されていますが、これは釈迦の涅槃浄土の様相を表したものだと思われます。

仏足石(仏足跡)

釈迦涅槃堂の涅槃像の足元の床部分には、上掲の写真のような仏足石がはめ込まれています。

仏足石は、日本中の寺院の境内でで見かけることのできます。一見すれば風変わりな足の裏に見えますが、実はこれは仏陀の足の裏です。

身体や諸願の罪障を消除すると云われるものです。

なお、この大聖院の仏足石の下には、霊験あらたかなインドの八大仏跡の境内の砂が収められているとのことです。

祈願方法
  1. 靴を脱ぐ
  2. 仏足石の上に上がる
  3. 足を仏足石の形に合わす
  4. 『ノウマク サンマンダ ボダナン バク』 と三反唱える。

山上エリア

阿弥陀堂

ご本尊:阿弥陀如来

2層方形造で、2層目・初層部共に高欄が取り巻いています。人間の男性ほどの大きさですが、豪壮感を備えた建物というか‥厨子(ずし)??のように見えます。

内部には、阿弥陀如来立像が安置されています。

小さいながらも細部までしっかりと造り込まれた建築様式に驚きます。すべて木造ですが相輪、尾垂木、腰組、初層部高欄の柱の上の擬宝珠まで丁寧に造り込まれています。

愛染堂

  • ご本尊:愛染明王

上杉景勝の参謀として、仕えた戦国武将の直江兼続が崇敬を寄せたことで知られる仏として有名です。事実、自身の兜に「愛」の形の金飾りを付けるほどの熱狂ぶりで、その崇敬の度合いが伝わってきます。

ちなみに、この愛染明王は大師が中国・唐から持ち帰り日本へもたらした仏像と云われます。現今に至っては真言宗の寺院においての見かけることのできる仏像です。

薬師堂

  • ご本尊:薬師如来
  • 脇侍:十二神将

薬師堂はその名前が示す通り、ご本尊に薬師如来と十二神将が祀られています。

薬師堂の案内板記載されている内容

薬師如来とは?

この仏は別名、瑠璃光如来とも医王如来(いおうにょらい)とも呼ばれ、七宝からなる浄瑠璃浄土に住む仏です。

その昔、インドでお釈迦様が弟子たちの病気、迷いを救済するために祇園精舎にまつられた仏様で、文字通り「くすりの師」で「衆病悉除(しょびょうしつじょ)の仏様」です。(意味:あらゆる病気を排除して下さる仏様)

ご真言

オン、コロコロ、センダリマトウギ、ソウカ

十二神将

十二神将は薬師如来の傍にて人々の暮らしを見守る神様になります。
十二神将が人々の暮らしを見守る神である所以は、各々の神がおよそ7000もの眷属ならびに夜叉を率いており、総勢8万4000もの軍団を動員して、邪を退け業魔(諸悪)を打ち砕くからです。

これらの12の神々は四六時中、人々を守護するところから時間を表す、十二支にそれぞれ配置されています。

宮毘羅(くびら):子
伐折羅(ばさら):丑
迷企羅(めきら):寅
安底羅(あんちら):卯
頞儞羅(あじら):辰
珊底羅(さんちら):巳

因達羅(いんだら):午
波夷羅(はいら):未
摩虎羅(まこら):申
真達羅(しんだら):酉
招杜羅(しょうとら):戌
毘羯羅(びから):亥

大師堂

  • 創建年:不明
  • 再建年:明治時代

大師堂は、弘法大師・空海が祀られていることから「大師堂」の名前が付されています。真言宗の寺院であれば大師堂は概ね境内に建てられています。

観音堂と同様、明治時代の火災により焼失し、その後、再建されていますが、内部の厨子(ずし/仏像を安置するための箱)は江戸時代後期のものです。

平成の一願大師なで仏と巨大な五鈷杵

五鈷杵の前の看板の内容

五鈷杵のいわれ

五鈷杵とは、、金剛石(ダイヤモンド)が物体を打ち砕くことを意味します。

仏教では釈尊(釈迦)の説法はすべて邪心、煩悩、悪心を打ち砕くと同時いん人身に迫る諸悪魔をも打ち払う意味です。

南無大師遍照金剛 合掌

「稚児大師」

弘法大師・空海の幼名になります。この地蔵は大師が7歳のときに捨身誓願されたときの大師の姿を表現したものです。

このような稚児大師がいつ頃から祀られるようになったのは定かではありまっしぇんが、真言宗系の寺院が運営する幼稚園や保育園で祀られる例が多く散見されます。

稚児大師のご利益

稚児大師は、大師の大いなる智慧を授かるべく、健やかな子の成長を祈願します。

  • 成長祈願
  • 学業成就
  • 幸福招来

「一願大師(宮島のパワースポット?!)」

 この宮島・大聖院も宮島のパワースポットと言わる所以の1つとなるのが「一願大師」です。

別名「秘鍵大師」とも呼ばれており、この仏様の付近にある絵馬に願い事を1つだけ書いて、お願いすると「1つだけ願いが叶う」と云われています。

たった1つだけのお願いあなたは何にしますか?

一眼大師成就絵馬

一願大師に奉納するための絵馬です。それぞれの願意に合わせた絵馬を授かりましょう。

だるま型の絵馬

だるまのデザインをした絵馬です。1体500円

  • 願い:一願成就、開運吉祥
通常の絵馬

どこの寺社にでも普通に置かれている形の絵馬です。

  • 願い:子育絵馬、安産絵馬、合格祈願

宮島・大聖院の不思議な洞窟「遍照窟」

「遍照窟」の読み方は「へんじょうくつ」と読みます。

「遍照窟」の言葉の意味とは「遍く(あまねく/すべての万物)世界中の万物を救うために、安寧と幸福を願う火を灯して照らし続ける”洞窟”」の意味があると云われています。

大聖院・遍照窟の出入口

遍照窟には入口と出口が設けられています。内部も1体々々の仏像に巡拝できるようになっており、一応の参拝順路のようなものが存在します。

⬆️入口

⬆️出口

大聖院・遍照窟の内部

大聖院の本堂裏に階段があり、この階段を昇った先には「山肌(岩肌)が見えた場所」があり、その岩肌には扉が備え付けてあります。

この扉の奥は真っ暗になっており「ほのかに揺らぐロウソクの火」が、チラチラと見えてきます。

まるで洞窟のような感じになっています。

宮島・大聖院「遍照窟(洞窟)」

この真っ暗闇の中に突入してほどなく歩くと・・なんと!

少し大きな広間が出てきます。

目の前には「弘法大師・空海の仏像」その左右には「大日如来の仏像」が安置されています。

そして、何よりも驚くのが「天井のロウソク」と「仏像の数の多さ」です。

驚くのは遍照窟の仏像の数とそのご利益!

大聖院・遍照窟の仏像の数ですが、なんと!88体もあるそうです。

ここでカンの良い方なら、お分かりになられたと思われますが、この88体とは「四国八十八ケ所巡り」の「88の寺院の御本尊と同じ数の仏像」という解釈になります。

つまり、四国八十八ケ所の本尊が1体1体、大切に安置されており、それぞれの御本尊の足下には四国八十八ケ所の各寺院の砂が敷き詰めてあるようです。

この砂を踏みしめ、お砂の上にあるお数珠を1つずつ移動させながら仏像(御本尊)を順に巡り、都度、祈念することで、なんと!四国八十八ケ所のすべてを参拝したのと同じご利益を授かるできるそうです。

したがってクソほど楽したい方は是非!大聖院の遍照窟へ押し寄せましょう!!

真夏には、一気に涼しくなれる場所なので、大聖院に参拝に訪れた方はぜひ、遍照窟へも立ち寄ってみてください。

八角万福堂

八角万福堂には、「七福神」が祀られています。正面に見える「七福神」と刻まれた扁額が目を惹きます。

⬆️八角万福堂の内部の様子

⬆️七福神(左から福禄寿、寿老人、布袋尊)

⬆️七福神(右から毘沙門天、大黒天、恵比寿)

カラス天狗像

カラス天狗の石像です。かつてこの弥山には3人の天狗住んでいたとされ、その3人の天狗が現在、弥山の三鬼堂で祀られているご本尊「三鬼大権現」だと云われています。

  • 時眉鬼神(じびきしん)
  • 追帳鬼神(ついちょうきしん)
  • 魔羅鬼神(まらきしん)
心が思わず癒されそうな笑顔地蔵の群像

めちゃめちゃ抑えきれないほどの笑顔をしている地蔵さんがいます。まるで狂おしいほど好きな君から告られた、その日の夜の寝顔のような笑顔をうかべています。

‥はっ!まさか告られた?フぅぅ〜ん

宮島・大聖院ではランチ(昼の食事)ができる!!

大聖院の中にはランチ(昼食事)ができる場所や施設がありますのでご紹介しておきます。

えぇっ?!大聖院の精進料理が食べれたの!!

宮島 大聖院 精進料理

驚くことになんと!宮島 大聖院では精進料理を食することができます。食材は、宮島で穫れた新鮮な幸で以下↓のような食材です。

わらび、ぜんまい、山芋、うど、ごま豆腐、山菜のさしみ、栗、よもぎ、松葉(茶そば)もみじの天ぷら、海藻..その他、約30種類。

なお、これらの食材は基本とされる食材で季節によって異なるそうです。

宮島・大聖院の精進料理の値段(料金)

  • 1500円から3,000円ほど(食材によって変動あり)

大聖院 精進料理位

 

精進料理は完全予約制!!

大聖院で精進料理をいただくには、下記のような条件をクリアする必要があります。

  • 4人以上での来店
  • 3日前より予約しておく
  • 40人まで
予約方法

下記、大聖院公式URLをご参照ください。

営業時間

午前11時~午後2時
年中無休 (大晦日、正月三ヵ日、2月3日、3月8日、4月15日、8月10日、11月15日を除く)
※行事などで、急遽、受付不可の場合あり

六角茶房

六角茶房人気メニュー:「六角うどん」とのセット
  • 六角うどんと煎茶茶葉入りおにぎり(orいなり)セット:900円
    (うどん大はプラス100円/いなり単品150円)
  • 六角うどん+極上有機茶生茶ゼリーのセット:980円
  • 六角うどん+極上有機茶生茶ゼリー+煎茶茶葉入りおにぎり(orいなり)セット:1080円
スイーツ系

弥山清水水晶餅:500円
特製きな粉わらび餅:500円
極上ほうじ茶プリン:500円
アイス最中(バニラ味or抹茶味):500円

ドリンク単品

抹茶:600円
ほうじ茶:600円
はちみつレモン:600円
コーヒー:500円
煎茶:650円
抹茶ラテ:650円
ほうじ茶ラテ:650円
コーラ:500円
アップルジュース:500円
オレンジジュース:500円
ノンアル日本酒:800円

アルコール系

ビール:800円
リンゴ果実酒:800円
にごり梅酒:800円

宮島・大聖院の体験イベント

宮島・大聖院の写経体験

宮島 厳島神社 大聖院

大聖院では写経体験もできます。

写経体験の内容

「延命十句観音経」と「般若心経」の写経を体験できます。

写経は難しい??

写経は文字を写すだけなので簡単ですが、精神力(集中力)が散漫すると、字がはみ出したり、太くなったりします。最後にあなたが書き終えたお経は、仏前に奉納されます。

  • 写経体験の場所:大聖院(信徒会館)
  • 写経体験を開催している日程:いつでも(要・事前問い合わせ)(年末年始は休み)
  • 写経体験時間:9時から14時まで
  • 体験可能人員:1人~20人
写経体験の料金
  • 「般若心経」1,000円(奉納料)
  • 「延命十句観音経」500円(奉納料)
写経体験の所要時間
  • 60分から120分

写仏もある!

写仏とは、写経に等しく、仏が描かれた下絵をなぞって描いていきます。集中力を高めて精神を引き締めることができます。

写仏体験の料金
  • 2,000円(奉納料)

所要時間や開催日など、すべて写経と同じです。

写経体験・写仏体験の予約方法

下記、大聖院公式URLをご参照ください。


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宮島・大聖院の有名な仏像・一覧

「木造不動明王坐像」 【重要文化財】

大聖寺・木造不動明王坐像 【重要文化財】

造立年

  • 不明
  • 推定:901年(延喜元年)から1000年(長保2年)/平安時代中期
像高

  • 98.7cm
光背の高さ

  • 157cm
造り

  • 一木造
材質

  • ヒノキ
重要文化財指定年月日

  • 1993年(平成5年)6月10日
作者

  • 不明

木造不動明王坐像の読み方

「木造不動明王坐像」の読み方は「もくぞうふどうみょうおうざぞう」と読みます。

木造不動明王坐像の歴史・特徴

宮島・大聖院の木造不動明王坐像は平安時代の中頃の造立と伝承されています。

宮島・大聖院の木造不動明王坐像は、1920年(大正9年)までは「京都の仁和寺・真乗院」で安置されていたものです。

木造不動明王坐像の最大の特徴「年頃の娘カット」

白い歯キラーン✩な青年に、ほのかな恋心を抱く年頃の娘御のように、結われた髪を肩から下げる仏像は大変珍しい仏像です。

木造不動明王坐像の歴史・特徴

さらに、その髪は綺麗に7箇所も結われています。

このような「恋する乙女のような仏像」は、滋賀県大津市に位置する「園城寺(おんじょうじ)」の不動明王像と合わせて、「2体のみ」の現存が確認されております。

恋する乙女のようでありながら、白い歯キラーン✩な青年に近づくオナゴたちに、上歯(犬歯)を顕にして牙を剥き、目ん玉を見開いて睨みつけています。..ガルルルルルっ!!

ちなみにこの髪型は「弁髪(ぺんぱつ)」と呼称される不動明王特有の髪型で「頭上は仏の世界」を表現し、左側面は「人間界(衆生界)」を表現していると云われております。

束ねた髪を左肩へ垂らすのは「人間界(衆生界)を愛して止まない」と言った意味合いが込められています。

木造不動明王坐像の特徴その1:一木造り

奈良時代までは、粘土を用いた塑像が主流でしたが、平安時代に差し掛かると一本の木から彫刻する一木造りが主流になってきました。

この不動明王像坐像も樹齢何百年と云われるヒノキを削って造立されています。

かといって、すべてを一本の木から彫りだすワケではなく、胴体、ドタマ、腕、手首などをそれぞれ削り出して、それをクっ付けて、一体の仏像を完成させています。

木造不動明王坐像の特徴その2:宝相華(ほうそうげ)

平安時代や奈良時代では、「宝相華」と呼ばれる「花ビラが5枚もある植物」の文様が流行しました。

この文様は、中国の唐から伝来したとされる模様で日本では建築や美術、布地、生活用品にまで使用されるほど大流行したと云われております。

この宝相華の文様が、不動明王像坐像の光背(背中の輪っか)にも見受けられることからも、由緒正しき歴史的背景と「定かな造立年をもった仏像」であるという実証に至っております。

なお、作者は一切、不明と云われておりますが、名のある仏師の作であると云われております。

宮島・大聖院の行事

宮島・大聖院「もみじ祭り」

大聖院 もみじ祭り

大聖院では、例年11月20日から29日まで秋の大祭の1つ「もみじ祭り」が執り行われています。

宮島・大聖院もみじ祭りの内容

  • チベット仏教を紹介する仏教展
  • チベット密教の息災護摩法要
  • 大聖院に伝来する寺宝の一般公開
  • 紅葉を観ながら楽しむ「華道」

安芸の宮島は例年、秋になると「秋の宮島」と称されるほど、紅葉が美しい島に早変わりします。

例年、秋口になると、日本全国からたくさんの観光客が宮島へ所狭しと押し寄せてきます。

くれぐれも渋滞や混雑への配慮だけは、事前にシッカリとしておいてください。

大聖院もみじ祭りの日程

もみじ祭り開催期間

  • 例年11月20日 ~11月29日まで
もみじ祭り開催時間

  • 8時~17時
入場料金(拝観料金)

  • 無料

宮島・大聖院の歴史・由来

大聖院は神仏が習合していた時代に創建された寺院です。建立された理由や創建年は定かではありませんが、宮島における最古の寺院でもあり、弘法大師・空海の発願により開創されています。

大聖院の建立目的は定かではありませんが、神仏習合であった時代(明治時代以前)は厳島神社を管理する別当寺(べっとうじ)として機能していました。

主に厳島神社の鎮守のための「仏式の祭祀」を厳島神社の神前にて執り行っていたとされています。

また、現在は真言宗の寺院ですが、創建当初は「弥山・水精寺」と称して天台宗の所属であったと考えられています。

現在、大聖院は麓に位置するこの本堂と、弥山山頂とで境内が2つありますが、山号の”弥山”から推測できることは、かつては一堂すべてが弥山の山頂にあったものだと考えられます。

創建以降、真言宗に改宗したのを機として、1584年(天正12年)までの間に京都仁和寺から法親王(ほうしんのう/僧籍になった皇族)が訪れて住職に就任しています。その際、仁和寺と同じ真言宗”御室派”に属しています。

「別当寺」とは?

江戸時代以前は、このように神社の神前にて仏式の祭祀を執り行う寺院を「別当寺(べっとうじ)」と呼称していました。

別当寺とは、どちらかと言うと神社を管理していた「役職としての寺院」の意味合いが強いものとなります。

古神道における神様とは「石」や「水」といった実態のない森羅万象の万物が崇拝の対象とされてきました。

「存在のない神」を「形あるもの」として崇めるために具現化したのが「神仏習合(=仏像信仰)」です。

神仏習合での神様は仏像(仏様)と合わさり「本地仏(ほんちぶつ)」と呼称されます。これにより神様と仏様を同時に信仰できることになります。

神仏分離が成った今の世の中では考えられない所業とも言えます。

弘法大師・空海と弥山と大聖院

古くからこの宮島および弥山には、弘法大師・空海が各地で修行をしていた頃、この宮島・弥山へも立ち寄って山頂で修行したとの伝承が残されています。

その修行の一環で空海がこの大聖院を開創したと伝えられています。時に806年(平安時代)のことです。

空海は弥山の御山の頂上で「密教の秘技・護摩焚き」の修行を100日行ったと云われています。

そして、この火は1200年以上もたった現在でも燃え続けているとされ、弥山山頂の「不消霊火堂」にて大切に安置されています。

宮島・大聖院のお問い合わせ先(住所・電話番号・営業時間・URL)

住所

  • 広島県廿日市市宮島町210
電話番号

  • 0829-44-0111
営業時間(開門時間・閉門時間)

  • 基本時間:8時から17時まで
  • 毎月1日:5時30分から17時まで
  • 元旦:0時から閉門は状況判断
定休日

  • 休日なし
入場料金(拝観料金)

  • 無料(参拝自由)
駐車場

  • なし

大聖院の麓の境内はそれほど大きくはないので駐車場がありません。

宮島・厳島神社から大聖院へのアクセス(行き方)

厳島神社の境内を西側(宮島水族館)の方向から出ます。

厳島神社の宝物館が見えてきますので、その間の道をひたすら直進します。

徒歩4分ほどすれば大聖院が見えてきます。

  • 徒歩:6分
  • 距離:500m

宮島・厳島神社から宮島・大聖院へのアクセス・行き方

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