宮島・弥山「求聞持堂(大聖院)」

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宮島・弥山「求聞持堂(大聖院)」

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創建年

  • 不明
  • 推定:806年
再建年

  • 1487年(長享元年)
  • 1894年(明治27年)
  • 1996年(平成8年)
建築様式(造り)

  • 方形造り
屋根の造り

  • 本瓦葺

弥山・求聞持堂の読み方

御本尊やお堂には難しい漢字の表記で読みにくい名前のものがありますが、求聞持堂は「ぐもんじどう」と読みます。

弥山・求聞持堂の名前の由来

求聞持堂の名前の由来は、その言葉のとおり「求聞持法」に則った由来になります。

求聞持法とは「ぐもんじほう」と読み、言葉の意味合いは「弥勒菩薩(みろくぼさつ)」の知恵の一部を授かるために生まれた修法です。

弥勒菩薩は、果てしなき知恵の持ち主でお釈迦様の後を継ぐ後継者でもあります。

ただし、弥勒菩薩の知恵の「たった一部分の知恵」でさえ授かるのは簡単には立ち行かず、それなりの修行が必要になります。

その修行の1つとなるのが上述した「求聞持法」になります。

求聞持法とは正式には「虚空蔵求聞持法(こくうぞうぐもんじぎょう)」と呼称し、「陀羅尼(だらに)」と呼称される法典を100万遍唱えると、虚空蔵菩薩の知恵の一部を授かることができると言われる修法の1つです。

大師・空海は、この虚空蔵求聞持法に挑戦し見事、虚空蔵菩薩の知恵を授かることに成功しています。

尚、この弥山・求聞持堂は現代に至っても「真言密教における道場」として使用されることがあるようです。

求聞持堂の歴史

求聞持堂の創建は不明とされていますが、古来からこの弥山の地に建立されていた歴史を持ちます。

歴史上の記録では1487年(長享元年)に再建された記録が見つかっており、少なくとも室町時代以前に存在していたことになります。

求聞持堂は、現代に至るまでに重大な堂舎の損失を幾度が繰り返してきたと云われており、記録上で知ることのできる損失としては、明治21年に火事に見舞われ完全に焼失し、6年後の明治27年に復興されているものになります。

尚、現在みることのできる姿は平成8年に再建された時の姿です。

終わりに・・

弥山の巨石群に神々がお宿りするとされる信仰は、日本古来からの古神道の1つ「磐座信仰(いわくらしんこう)」とも云われています。

このように堂宇(お堂)が山内に造営され現存している姿を顧みる(かえりみる)と、「真言密教」と「磐座信仰」が習合した遺構であると言い換えることもできます。

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