広島県宮島・厳島神社(大鳥居)の建築理由と建築様式・建築方法

スポンサードリンク

広島県宮島・厳島神社(大鳥居)の建築理由と建築様式・建築方法

b02b2a92dc3a21ad4447bda181cf3c55

安芸の宮島の観光名所となっている厳島神社は、その美しく特徴的な景観で世界遺産にも認定されました。

この厳島神社は、誰により、どのようにして、どのような建築様式で造られたのでしょうか。

宮島・厳島神社の歴史

厳島神社は、593年(推古天皇元年)、佐伯鞍職(さえきのくらもと)が「市杵嶋姫命(いちきしまひめ)」の神託を受け創建しました。

市杵嶋姫命(いちきしまひめ)って誰?市杵嶋姫命(いちきしまひめ)って誰?

市杵嶋姫命(いちきしまひめ)とは、須佐之男命(スサノオノミコト)の持つ剣(十拳剣)からは、神が生まれ出でたという伝承があります。スサノオの剣からは「五男三女神」の神が生まれ出でており、「市杵嶋姫命(いちきしまひめ)」は、その神の内の1柱といわれています。

尚、この神様には上述の通り「田心姫命(たきりひめ)」「湍津姫命(たぎつひめ)」と言う姉妹神がおり、これらの3柱の神様を総称して「宗像三女神(むなかたさんじょじん)」と呼称します。

一方、「佐伯鞍職」とは、安芸の豪族であり、のちの初代の厳島神社の神主となる人物です。
そして後に平清盛が1146年(平安2年)に安芸守に任ぜられると、1168年(仁安3年)平清盛により改築を行われています。

この時の改築が現在の姿の原型とも云われています。

その後平家一門の信仰を得ると、厳島神社の社運は盛大を極め、以降は戦国時代に毛利氏、安土桃山時代には豊臣氏などの庇護も受け今に至ります。

厳島神社の海上の大鳥居の謎

厳島神社のシンボルはなんといっても、「海上の大鳥居」です。

なぜ、わざわざ海上に??目立つため??・・など、疑問も出てきますが、目立つためだけに・・というのは間違いです。

実は、厳島神社の大鳥居も、ちゃんとした理由があって建てられたのです。

実は、古来から宮島全体が、神が宿る御神体であると云われており、この由来に基づいて、島の上には建物が建てられないということで海の上にこの大鳥居が建てられたと云われております。

厳島神社の大鳥居の大きさ

厳島神社の大鳥居の大きさ厳島神社の大鳥居の大きさは以下のようになります。

  • 高さは約17メートル
  • 柱の周囲は約10メートル
  • 柱間は約11m

厳島神社の大鳥居の材質(使われている木材)と使用された理由

厳島神社の大鳥居の「2本の主柱」に使用されている木材は「樹齢500年以上」で「根元の直径が10m以上」の「楠木(クスの木)」です。

厳島神社の大鳥居に使用されている木材は「楠木(クスの木)」です。「楠木(クスの木)」が大鳥居に使用された理由は、以下のような理由があります。

  • 腐りにくい
  • 虫がつきにくい
  • 木の質が強靭

などです。

主柱を支える4本の木は「杉の木」

一方、2本の主柱を支える4本の袖柱に使用されている木材は「杉」です。

これら「楠」と「杉」を言う、2つの木材を使い分けることによって海水に浸かっても雨風に晒されても簡単に倒壊しないように設計がなされています。

袖柱に杉の木が使用されている理由

袖柱に杉の木が使用されている理由とは何より「水に強い」と言ったことが挙げられます。

他にも杉の特徴として「重量軽い」と言ったことが挙げられます。

楠の木ほどの強度はありませんが、袖柱は4本ありますので強度よりも「水に強い」が優先されたと言うことになるのでしょうか。


スポンサードリンク -Sponsored Link-






まだあった!!信じられないほどの厳島神社の大鳥居の謎

まだあった!!信じられないほどの厳島神社の大鳥居の謎 (2)じつは厳島神社のこの大鳥居には、まだ謎が隠されていたのです。

これがどのようなことかと言いますと、実はこの大鳥居の柱、単純に海底にササって埋まっているワケではないのです。

よく大鳥居をご覧ください。

大鳥居の巨大な2本の各柱を支えるために、それぞれ途中から袖柱が2本増えて、合計4本の足で2本の主柱を支えているように見えます。

しかし、これら合計6本足の柱が地中に完全に埋まっていないとすれば驚きますでしょうか?

これがどう言うことかと言いますと、単純に「浮いている」と言うことです。

しかし「浮いている」状態で、大波や来ても、台風が来ても、地震が来ても!この大鳥居はビクともしません。

いったい、なぜなのでしょうか?

この秘密を一言で言ってしまえば・・なんと!!

この大鳥居は鳥居自体の重みだけで立っているというのです!

これは、聞けば誰もが驚く驚愕の真実です!

しかし、これは本当のことなのです。

ちなみに、このような4本足の鳥居の形式を「両部鳥居(りょうぶとりい)」と呼称します。

大鳥居が満潮時の海中でも立っていられる理由

大鳥居が満潮時の海中でも立っていられる理由実は、大鳥居の1番上の部材は単純な木造ではなく、部材の中に「重りが入っている」と言えば驚きますでしょうか?

大鳥居の1番上の「笠木/島木(1番上の横木)」の部分をよくご覧になってください。

通常の鳥居は、笠木が1番上に備え付けられ、その下に島木が備え付けれます。

しかし、厳島神社の鳥居は少し造りが異なり、笠木と島木が合わさって「箱型」になっているのです。

「箱型」と言うことは単純に「箱」になっており、中に何かを入れることができると言うことです。

実は、この島木の箱に「人間の頭くらいの玉石」を「約7トン」も入れて重しにしているそうです。

足は倒れないよう6本足(柱)になっており、各、柱の足元の海底の地盤は「松材の杭(くい)」を打って強化されています。

また、柱と屋根が交差する部分には、特殊な造りのクサビが施されています。

そのおかげで、柱や屋根の動き、ひずみなどを自然に吸収・修正出来るようになっています。

そして、驚くのは他にもあるのです。

なんと!このような造り方を800年も前にやっているから驚きです。

世界的に評価されている建築様式

世界的に評価されている建築様式世界遺産に認定された要因の1つに、造営当初の「寝殿造り」という様式が忠実に守られているからというものがあります。

寝殿造りとは、平安時代の貴族の住宅の様式のことです。

これは、主人が居住する寝殿と呼ばれる建物を中心に、その東西に対屋という付属的な建物を配置し、それらを通路で結ぶ対称形の配置を基本とします。

社殿群と繋ぐ東回廊や西回廊の床の板は、わざと隙間をあけるようにして敷かれており、これは台風や大波の時にでも波を板の間に通すことで圧力を分散させ、倒壊を免れるような工夫が凝らしてあります。

まさに先人が残した卓越した知恵の結晶とも言えます。

寝殿の前面には「舞や儀式の場」となる「庭」や「池」も設けられました。

その寝殿造りの様式を神社建築に巧みに取り入れたのがこの厳島神社です。

瀬戸内海を池にみたてた見事な発想で、平安の雅さを表しています。

嚴島神社の社殿の主要部分は平安時代に造営されましたが、その後天災や火災などにより修復が繰り替えされ、何度か手が加えられています。

厳島神社の本殿にも特徴的な造りが見られ、殿(母屋)となる部分の前後に庇(ひさし)が配されています。

前後の各、庇には「縋破風(すがるはふ)」と呼ばれる屋根の下に「添え木」が備え付けられており、このような造りを「両流造り」と呼称します。

「庇」とは、母屋の雨よけに配される小さな屋根のことです。

現在の本社本殿は1571年(元亀2年)、客神社は1241年(仁治2年)の建築と言われており、細部にはそれぞれの時代の特色が見られます。

しかし全般的には造営当初の様式が今も保たれており、平安時代末期の建築様式を知る上での貴重な遺産であり、世界的に評価されています。

厳島神社の謎の1つ「数字の”8”に因んだ建築様式」

厳島神社の謎の1つとされているのが、なんと!数字の「8」に基づいて社殿や回廊が造営されていると言われる話があります。

例えば、社殿群を取り巻く床下の板の枚数は、1間(約2mから2.4m)に8枚もの板が敷かれています。

そして、この床が連なる回廊は約108間の長さがあり、回廊の屋根を支える柱の数もなんと!「108本」あると言います。

また大正時代に奉納された燈籠(とうろう)の数も108基あり、やはり数字の「8」に因んでいます。

スポンサードリンク -Sponsored Link-


    

当サイトの内容には一部、専門性のある掲載があり、これらは信頼できる情報源を複数参照し確かな情報を掲載しているつもりです。万が一、内容に誤りがございましたらお問い合わせにて承っております。また、閲覧者様に予告なく内容を変更することがありますのでご了承下さい。

関連コンテンツ